三好建正 理化学研究所 主任研究員/チームリーダー
京都大学大学院理学研究科 連携教授
数値天気予報は、コンピュータによる大気のシミュレーションと、リアルタイムの実測データを組み合わせて行います。ここで要となるのが「データ同化」です。力学系理論と統計数理に基づき、シミュレーションと実データを結び、サイバー世界と現実世界を同期します。数値天気予報は、コンピュータ、計測センサ、衛星、情報通信など様々な技術の統合の成果です。「京」「富岳」の突出した計算能力と新型センサによる桁違いのデータを統合する「ビッグデータ同化」の技術革新により、2016年にゲリラ豪雨予測手法を創生、2020年には世界初となるリアルタイム予報の実証実験を達成し、2021年には東京オリンピック・パラリンピックと期間を合わせて「富岳」を使ったリアルタイム実証実験に成功しました。
データ同化は、カオス同期としても知られています。カオス力学系は、初期値に鋭敏で、わずかな誤差が指数的に発達することが特徴です。気象はカオス力学系なので、初期値のわずかな誤差も大きく発達し、将来予測の誤差が大きくなって予測可能性を失います。データ同化は、現実大気をサンプルした観測データを使うことで、シミュレーションの振る舞いを現実大気と同期させるカオス同期を行います。ゲリラ豪雨の予測が難しいのは、ゲリラ豪雨がわずか数分の間に急変化するカオス性が強い現象なので、カオス同期がなかなかうまくいかず、シミュレーションが現実大気のように振る舞ってくれないからです。「ビッグデータ同化」で用いた新型センサは、30秒毎に60km遠方までの雨雲をすき間なく立体スキャンする「フェーズドアレイ気象レーダ」という新型レーダで、わずか数分の間でも大量のデータを得ることができます。カオス性によって誤差が大きく発達するよりも速くデータを得ることができるので、カオス同期を実現できるのです。通常の天気予報では、ざっと2000kmスケールの高気圧や低気圧の変化を予測するために、6時間毎のデータ同化が行われています。大きなスケールの現象は変化もゆっくりしていて、予報誤差が2倍になる時間がおよそ2日から3日程度と言われています。これに対して6時間は十分短く、カオス同期が実現されるというわけです。
データ同化を使って、今はない仮想的な観測システムを事前に評価することもできます。このような研究手法は、観測システムシミュレーション実験(Observing Systems Simulation Experiment: OSSE)として知られています。例えばゲリラ豪雨を予測するのに有用だったフェーズドアレイ気象レーダを、仮に九州全土に展開したら?これを2020年7月豪雨の予測で調べたところ、九州南部を襲って大きな災害をもたらした線状降水帯による大雨の予測向上に役立つことが分かりました。
データ同化は気象を超え、広くシミュレーションとデータを融合します。例えば、海洋のデータ同化では、衛星の赤外線センサでは雲があると海面水温を観測することができませんが、データ同化をすることで、欠損のない、物理的に整合した海面水温の解析ができます。また、シベリアの木の1本1本を詳細にシミュレーションして、衛星で観測される1kmメッシュの葉の重なり具合を表す葉面積指数と整合するような植生を解析することにも成功しました。このほか、プレス加工のシミュレーションの精度向上にデータ同化を応用する研究にも取り組んでいます。
この先のデータ同化の発展として、急発展するAI技術との融合に向けた取り組みが始まっています。データ同化のアルゴリズムの中でAI技術が活用できる場面は多く、また逆に、AI技術で用いられる最適化手法はデータ同化で培われてきた最適化手法と通じるところが多く見られます。データ同化の中でAI技術を生かすことから、さらにもっと深いところでAI技術とデータ同化、高性能計算の相互融合を図ることができれば、これまでの方法論を超えた新しい科学の方法に繋がるかも知れません。科学の方法は、大きく帰納的推論と演繹的推論、データ駆動型とプロセス駆動型の方法があります。これらを広く融合し、様々な現象の予測を実現する統合科学、いわば「予測科学」の創生に向けた研究にも着手しました。
データ同化を応用することで、サイバー世界の中で予測可能性シナリオを比較検討して、望む未来を導くことができます。サイバーと現実が高度に融合した超スマート社会Society5.0の要となる技術です。このような新しい展開を生み支える未来の人材に向け、MACS教育プログラムでの取り組みも始まっています。